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ボクのクマさん? [小話]

更新できないので、心ばかりの小話です

『誠吾と聖』より


 階段の手前、踏鞴を踏んで転びそうになったところを、力強い腕にガッシリと抱きとめられ、聖はあわやというところで階段を真っ逆さまに落ちるのを逃れた。
 両手で抱えるのがやっとの荷物で前がまったく見えない状態だった上に、アルコールのせいで少しばかりフラフラとして足元も覚束ない。
 それでも焦った様子もなく、自分を抱きとめた相手を見ると満面の笑みを浮かべたのだった。


 今夜は会社の飲み会で、何故か聖はビンゴゲームで特別賞の大きなクマの縫いぐるみが当たってしまったのだ。男性社員の多い職場で、この賞品は嫌がらせじゃないかと誰もが思っていた。けれど、それを用意したのが気まぐれな社長だというから、ご丁寧にも透明なセロファンとピンクのど派手なリボンでラッピングされた縫いぐるみを横目に、男性社員は自分に当たらないようにと願うだけで、誰も文句は言えなかった。
 そしてビンゴゲームが始まり、見事この有り難くもない賞品は聖のものとなったのだ。
 他の男性社員たちは自分に当たらなかったことにホッとし、当たってくれた聖に感謝するように次々とお酌をしに来る始末。挙句の果てには飲みすぎてつぶれてしまった。
 そんな聖の酔いがある程度醒めるまで付き合ってくれたのは、先輩で入社当時の聖の指導係だった江本だった。
 江本は密かに聖に思いを寄せていたのだが、去年のクリスマスに見事玉砕して、今では元通りの仲のいい先輩後輩に戻っている。
 江本は聖と誠吾のことを知っており、会社内で聖がそのことを話せる唯一の存在でもあった。
 酔った聖は性質が悪い。
 もちろん江本もそのことは知っている。
 けれど、性質が悪いからこそ酔っ払ったままの聖をそのまま一人で帰すわけにもいかず、宴会が終わった後24時間営業のファストフード店へ連れてきた。
 先に聖を席に座らせ、江本はホットコーヒーを買いトレイに乗せて戻ってきた。一番奥のスミの席に座った聖は隣に大きなクマの縫いぐるみを座らせ、なにやら語りかけていた。
 江本がトレイを置いてもそれに気づかず、熱心にクマと話をしてる。
「せいご、大好きだよ」
「せいご、かっこいい」
「せいご、ずっと一緒だよ」
 などと、江本にとってはもうどうにかしてほしいようなことを言っている。
「……紺野」
 呆れた江本が名前を呼んだが返事はない。
 何度か呼びかけてみても全くの無反応で、江本は仕方なくトレイの上のコーヒーに手を伸ばした。これは早々に保護者に引き取って貰わなければと、大きなため息をつく。
 それには早く酔いを醒ましてもらわないといけない。
 そう思った江本はもう一度カウンターへ行くと、今度はラージサイズのウーロン茶を3つオーダーした。


 聖の笑った顔のすぐ前には、恋人の誠吾の顔があった。
「誠吾、なんで?お店は?」
 笑った後、聖は心の内の疑問を口にする。
 聖の恋人の誠吾はバーで働いている。もちろん今夜も仕事だったはずだ。
「今日は早番」
「そっか」
「でも少し早く帰らせてもらいました」
 聖の手からクマの縫いぐるみを半ば強引に奪うと、聖の体を支えるように腰に手を回した。そして、先刻、聖が落ちそうになった階段を慎重に下りていく。
「江本さんから連絡があったんです」
「江本さんから?」
「そうです。聖さんをクマの縫いぐるみごときに奪われたくなかったら速やかに迎えに来るようにって」
 そうなのだ、江本はある程度酔いの醒めた聖を自宅方面への電車に乗せると、そのすぐ後に誠吾の働く店へ連絡を入れたのだ。
「聖さん酷いじゃないですか。聞きましたよ。こんな縫いぐるみに愛を囁いていたなんて」
 階段を降りきって、改札を抜けて自宅マンションの方へと歩き出す。
「俺の居ないところで浮気ですか?」
 少しすねたように言う誠吾に、聖はクスクスと笑って「違う違う」と手を振った。
「あのね、このクマ、誠吾に似てるなーって思ったんだ」
「へ?俺?」
 誠吾の手から縫いぐるみを奪い返すと、聖はそれをギュッと抱きしめる。
「暖かくて、ふわふわしてて、こうしてるとやさしく包んでくれて、これって誠吾だなーって思ったら、つい言いたくなっちゃったんだ」
 縫いぐるみの頭越し、小悪魔のように熱い眼差しの上目遣いで誠吾を見つめながら、聖は誠吾に止めを刺す。
「誠吾、大好きだよ。かっこいいよ。ずっと一緒にいてほしいな」
 止めを刺された誠吾はクラクラと眩暈がするような衝動を抑えられなかった。「聖さん!」と一言叫ぶと、縫いぐるみごと聖を抱きしめた。
「俺も大好きです。愛してます」
 ギュウギュウと抱きしめ続ける誠吾に、聖はフフッと笑って耳元で「俺も愛してる」と囁いた。
 そして、こうも言った
「じゃあ、この子の名前『せいご』でいいよね?あと、この子用の椅子もほしいなー、今度の休みに買いに行こうね。あとね……」
 聖を抱きしめたまま誠吾はグッタリする。そんな誠吾にかまわず聖はしゃべり続ける。
 酔っ払った聖は性質が悪いから気を付けろ。
 電話での江本の言葉が呆然とする誠吾の頭の中で木魂していた。

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クマの縫いぐるみを抱きしめる聖さんが書きたかっただけでした
お付き合いありがとうございました


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